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論文が査読誌への公刊が決まるごとに、日本語で紹介文を書きます。  学部教育を行う部局に配置換となったので、再開しました(2025年4月1日)
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Open Economies Reviewという国際経済学の雑誌に出ることになっている論文を紹介します。

Profit enhancing parallel imports (with Toshihiro Matsumura)

この論文は、ある大学に着任した年に考えて、最初に投稿したのは2002年7月8日でした。その後、投稿戦略を間違えたため、こんなに時間がかかってしまいました。戦略の間違いというよりは、単に、某雑誌に投稿したら2年以上待たされただけなんですが(これが2度起きた)。こういう悲惨な事が起こらないように、もう少し考えて投稿先を選ぼうと思いました。

標準的な発想をすると、価格差別を自由に行える方が企業の利益は増えると思います。例えば、市場が2つ存在する時に、各市場で同じ価格を設定しなくてはいけない、という制約があるよりも、各市場で異なる価格を付けてもよいという状況の方が利益が大きいと予想されます。

この価格付けの自由を制限してしまうものの1つに、並行輸入と呼ばれるものがあります。ある国へ輸出した製品を仲介業者のような第3者が買い取って、それを輸出元の国で販売するものです。この様な行動をする理由は、このある国と輸出元の国の価格を比較した時に、輸出元の国で高い価格が付いているからです。輸出元が先進国で、ある国が途上国の場合、この様な事は起こりえますし、実際に、しばしば、ここで述べた仲介業者が行っていることは観察されます(製薬では非常に問題になっていて、製造原価を考えると途上国で安く売るとが可能であるにもかかわらず、この仲介業の活動が起こるため、製薬会社が途上国での販売を止めてしまい、途上国の人たちが必要とする薬剤が届かないという問題が起こっています)。

ここで問題にしていることは、このような仲介業の活動が、本当に企業利潤を損なうのか否かという点です。実際に、幾つかの研究で、このような活動が元々の製造会社を助ける可能性を指摘しています。

この論文では、途上国市場での競争という観点を導入して分析をしています。その結果、仲介業の活動が製品単価に比べて高い場合には、この様な活動が製造会社を助けることが示されました。この結果は、DVDの価格とRegion Codeの関係と関連があるかもしれません(低価格の製品では、Region Code を取り入れずに仲介業の動きを許容するけど、高価格品では、その活動に制限を与えるためにRegion Code を取り入れている)。
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Journal of Industrial Economicsという産業組織の雑誌に出ることになっている論文を紹介します。

Vertical mergers and product differentiation

別のページで紹介しているように、製品差別化を表現するために線分の街を使うことがありますが、この論文では、d’Aspremont, Gabszewicz, and Thisse (1979, Econometrica)による製品差別化モデルを使って垂直統合と製品差別化の関係を議論しています。材料を作る川上企業と、この材料を使って最終生産物を作る川下企業が存在する市場を考えます。

特殊な投資を要求する場合には垂直統合をする傾向にあり、そうではない場合には垂直分離をする傾向があることは指摘されていますが(機会主義的行動という言葉に代表される議論など)、このような研究では単一の川上企業と川下企業を考えていて、川下企業や川上企業間の競争という側面は殆ど扱われてきませんでした。製品差別化と統合という関係での実証分析はKarl Ulrich and David Ellison (2005, Production and Operations Management)で行われており、特殊なデザインを作る場合には統合をしやすいことを示しています。

企業間競争を盛り込んで統合の誘因を議論するために、製品差別化モデルを用いて上記の問題を扱えるような設定を作りました。その結果として、垂直統合によって製品差別化は促進されることが示されると同時に、統合企業と非統合企業が均衡上で両方存在するような市場環境があることも示され、その時には、非統合川下企業はこの競合相手の垂直統合によって利益が改善する可能性があることも示されました。Foreclosureの文脈では、垂直統合による競合相手の締め出しなどが指摘されていましたが、この設定では、その様な問題が起こらないことが示されたことになるので、Choi and Yi (2001, Rand J. Econ.)などの研究とは異なる視点を提示したことになります。
最近、Marketing Science という雑誌に論文の掲載が決まったので、その論文の概要を書きます。この雑誌のHPに記されているように、査読の手続が速く、この論文は昨年の4月26日に投稿して、9ヶ月経たずに正式の受理になりました(修正は2回(major and minor))。

The existence of low-end firms may help high-end firms (with Ikuo Ishibashi)

この論文では、2種類の製品(ブランド品とノンブランド品)の間で行われる競争を2つのモデルを使って考察しています。この2つのモデルは、経済学や経営現象の経済分析ではお馴染みの設定で、得られた結果は、これらモデル設定の違いには依存していないことも示せています(技術的には、1つは数量競争モデル(Cournot model)で、もう1つは製品差別化の入った価格競争モデルです)。

重要な要素は、2つの消費者群が存在することです。1つはブランド品だけを買い、ノンブランド品には見向きもしない人たちです。もう1つは、製品特性は気にしないで、価格を重視する人たちです。例えば、コカコーラやペプシといった有名な製品には反応するけど、大型量販店が出している独自ブランドの炭酸飲料には反応しない人たちが前者の消費者群に相当し、これら炭酸飲料に対するこだわりが無くて、価格の安いを重視する人たちが後者の消費者群に相当します。この例はマーケティングにおける題材を意識していますが、この様な市場特性は製薬でも存在し、有名会社の作る薬品と俗にいうジェネリック薬品が競合する市場が相応しいと思います。

このような消費者群が存在する時に、ある条件の下では、このようなノンブランド品の参入によってブランド品を作っている企業の利潤が増えることを示しています。通常、競合相手が増えると利潤が減るという直感が成り立ちますが、ここでは、この直感が成り立たない市場構造を明示的に示して、その条件を明確にしたことが重要な貢献になると思います。

これは、製品特性に反応しない消費者というのは、往々にして、価格に敏感であることに起因しています。この様な価格に敏感な消費者が存在する場合、ブランド品を作る企業は、その消費者を意識せざるを得ません。これが値崩れを引き起こしやすくなるわけですが、この値崩れを防ぐ役割を担っているのが、ノンブランド品を作る企業になります。ノンブランド品を作る企業は、ブランドへのこだわりの無い消費者しか相手に出来ないわけですから、この市場が彼らの主戦場になります。ブランド品を作っている企業が、製品へのこだわりの無い消費者群を相手にするためには、価格が勝負になるため、価格が大幅に値崩れします。しかし、既にノンブランド品という競合相手が入っているので、その際に得られる需要は高々知れています。

ノンブランド品が無ければ価値があった大量販売(価格下落)も、ノンブランド品の参入によって、その価値が無くなってしまいます。よって、このようなノンブランド品が入ってくることで、ブランド品を作る会社は高価格を維持するような政策を取らざるを得なくなりますが、これがかえって、ブランド品の値崩れを防ぎ、利益水準を改善する可能性があるわけです。

この結果を踏まえると、既に確立されたブランドを作っている会社は、確立されていない会社が市場に入ったとしても、それに対して、価格という道具を使って対抗するのではなく、自信のブランドを確立するような更なる努力をすべきだと言うことになります。
Annals of Regional Scienceという地域科学の雑誌に出ることになっている論文を紹介します。

Cost differentials and mixed strategy equilibria in a Hotelling model (with Toshihiro Matsumura)

別のページで紹介しているように、製品差別化を表現するために線分の街を使うことがありますが、この論文では、d’Aspremont, Gabszewicz, and Thisse (1979, Econometrica)による製品差別化モデルを使って費用の非対称性と製品差別化の関係を議論しています。既に、Ziss (1993, Regional Science and Urban Economics)でこの問題を扱っていて、費用格差が大きい場合に純粋戦略均衡が存在しないことが知られています。このような状況で均衡を探す場合、混合戦略まで含めて議論する必要があります。そこで、この論文では、混合戦略まで含めた立地問題を考えました。この結果、純粋戦略均衡が存在しないパラメーター領域(費用格差が大きい場合)において、各企業が線分の街の両端に等確率(それぞれ1/2の確率)で立地することが示されます。よって、モデル上では確率1/2で最大差別化が実現して共存が起こり、確率1/2で最小差別化が実現して独占状態になります。この結果を踏まえると、マーケティングでは弱い企業は差別化をしろと強調していますが、弱小企業が差別化に失敗するのは、単に運が悪かったからという可能性は否定できなくなります。また、純粋戦略が存在する場合についても、混合戦略としてどの様なものが出現しうるか分析しています(全ての均衡を網羅しているわけではなく、その点がこの論文の弱点でもあります)。

立地モデルに混合戦略の問題を入れた論文は多くないのですが、幾つか存在します。費用の非対称性が無い状況であれば、Bester et al. (1996, Games and Economic Behavior)で議論していますし、Salop型の立地モデルはIshida and Matsushima (2004, Regional Science and Urban Economics)で議論しています。垂直差別化モデルはWang and Yang (2001, International Journal of Industrial Organization)で議論していますし、また、地域ごとの差別化(spatial discrimination)を考えたモデルはMatsumura and Shimizu (forthcoming, Japanese Economic Review)があります。

この題材は、製品差別化や立地の問題との関連性もあり、マーケティングとの接点もある研究内容だと思いますし、実際、最近になってThomadsen (2007, Marketing Science)でMcDonaldとBurger Kingの立地を調べた論文が出ています。この場合、McDonaldが強い企業でBurger Kingが弱い企業となっていて、強い企業は弱い企業と近い場所に立地して市場を独占しようとするのに対して弱い企業は可能な限り離れようとするということが示されています。これは、Ziss (1993)で示した純粋戦略が存在しない理由と整合的であり、今回紹介した論文とも整合性があると思います。

1. はじめに

小売店舗の立地に関して、しばしば、以下のようなことが言われています。「小売店舗の重要な要素は3つ存在し、1つ目は立地、2つ目は立地、そして3つ目は立地。」この言葉に象徴されるように、立地は小売店舗にとっての最重要項目といえます。実際に、小売店舗は立地に関する工夫を行っていて、街の商店街、郊外に多く見られるショッピングモール、大阪・日本橋の電気街などは、数多くの店舗を集積させることで、消費者の目を自分たちに惹きつける工夫をしています。一方で、このような集積が起こっていると、ここに来た消費者は、この地域内の色んな店にいって商品やその価格を見ることが出来ますから、少しでも安いものを買いやすくなり、これによって、地域内での価格競争が激しくなってしまう心配もあります。以下では、このような問題を扱った店舗立地に関する理論と、この理論を応用した研究について紹介します。

2. Hotellingと最小・最大の差別化原理

[1] 最小の差別化原理 この店舗立地の問題を扱った理論の中で最も重要な貢献の1つとして、Hotelling (1929) による立地モデルがあげられます。以下の図1にあるような、線形の街における店舗立地に関する議論を行い、最小の差別化原理 (principle of minimum differentiation) について指摘したとされています。差別化の意味については、後ほど説明します。

Hotelling (1929) における基本設定を示します。消費者は、この線分上、均等に分布しています。各地点に、それぞれ同じだけの消費者がいるということです。各消費者は、店舗 A か店舗 B の何れかから製品を買います。各店舗は同じものを売っています。商品を買う場合は、店舗まで出かけて行く必要があり、このとき距離に応じた移動費用(距離に関して比例)を被ります。各消費者は、商品を1つだけ買うと仮定します。

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この設定において、両店舗が設定する価格が、ある同じ水準で固定されている場合(例えば、両店舗ともに1つ100円で売ることを義務付けられている場合)を考えます。この場合、価格が同じなので、消費者の判断基準は距離だけになりますから、各消費者は自分から近い店舗から買うことになります。このような消費者行動を見越すと、結果として、各店舗はこの線分の中央に集積して、顧客を半分ずつ取ります(図2)。この中のある店舗が、この場所から他の場所に移動した時、この移動した店舗の顧客数が減ることを確認してください。これが、Hotelling (1929) における結果の1つである、最小の差別化原理です。

rfig2.gif

このモデルを使って、製品の異質性(差別化の度合い)を表現することがあります。例えば、この線分はカレーの辛さを表現していて、右側は甘口を表し左側は辛口を表すという具合です。甘口カレーが好きな人が辛口カレーを食べるのは、好みと離れているので、その分の不快感(先ほどまでの移動費用)が発生します。各店舗が同じ場所にいるということは、同じような製品を売っている状態と解釈することが出来ます。

Hotelling によるモデルは、今では、ホテリングモデルという言葉まで生まれるほど有名なモデルとして知られていて、最小の差別化原理を示した最初期の理論と言われています。しかし、論文における主要な目的は、価格の安定性に関して数理モデルを用いて議論するところにあります。ベルトラン(人名)をはじめとする、幾つかの理論における価格競争の仕組みとその帰結に対する批判をし、製品が差別化されていれば、価格を少し上昇させても突然顧客がいなくなるというような、極端なことは起こらないことを指摘しています。実際、論文の題目も``Stability in Competition"(競争における安定性)です。この数理モデルについて概観したい場合は、Shy (1995, pp.149-151) や小田切 (2001, pp.130-134) や丸山 (2005, pp.186-190) などが役に立つと思います。

[2] 最大の差別化原理  Hotelling (1929) 以降も多くの論文が書かれていますが、立地戦略と価格戦略の両方を同時に扱った厳密な理論モデルとしては、d'Aspremont et al. (1979) が最も有名だと思います。実は、Hotelling (1929) でも同じような議論は存在するのですが、立地を決定した後に価格を決定するという2段階モデルを考えると、Hotelling (1929) における設定では、立地に関するきれいな結果は得られないことが、d'Aspremont et al. (1979) によって示されています。彼らは、この立地に関する結果が得られない問題に対処するために、消費者の移動費用に関する仮定を変えました。消費者は距離に関して2乗の移動費用 (t x2: t は定数で x は移動距離) を被るとしました。この場合、上述の2段階モデルを考えると、各店舗は線分上の各両端に立地することになります。この立地形態は、最大の差別化原理 (principle of maximal differentiation) として知られています。この立地が実現する理由は、有利な立地を確保して需要を増やすよりも、十分に差別化を行う(互いの距離を離す)ことで、価格競争を緩和する方が有効だからです。仮に同じ場所に立地すると、消費者の判断基準は価格だけになり、1円でも安い方から全員買うことになりますから、熾烈な価格競争が起こります。

[3] 最大の差別化原理に対する不満  d'Aspremont et al. (1979) の論文は、価格競争を考慮した立地戦略に関する議論に対し、1つの明確な結論(製品差別化をする理由と効果)を示したのは事実です。しかし、この最大の差別化原理に対する不満の声も存在しました。特に、一連の立地に関する議論を取りまとめた論文であるBrown (1989) では、秋葉原の電気街やブロードウェイの劇場や映画館など、多くの店舗集積が見られることを例に出して、この結果や設定に対する不備を述べています。Brown (1989) では、この設定をより現実に近づけるためには、不確実性の問題や店舗集積による正の側面を考慮したような理論モデルを構築する必要があることを述べています。後者の問題は、新しい経済地理学 (New Economic Geography) の分野で目覚しい発展を遂げていますが、ここではこの分野に関する紹介は行いません。詳しい議論は、藤田ら(2000) の書籍を参照されるとよいでしょう。以下では、Hotelling (1929) による線分の街を使って、集積の結果を導き出した2つの論文を紹介します。

3. Hotelling modelと企業集積

以下では、前節で示したBrown (1989) の不満に対処している2つの論文を紹介します。各モデルでは、ホテリングモデルを基にした、価格競争も考慮した理論モデルになっています。一見したところ、各モデルはかなり異なっていますが、共通することがあります。中央に集積していても、価格を引き下げる必要の無い状況を、自然な仮定を用いてモデルに組み込み、その下では、中央にいることの利点が大きくなるようにしていることです。以下では、各モデルにおける発想の鋭さを感じていただけたらと思います。

[1] de Palma et al. (1985)  de Palma et al. (1985) では、Hotelling (1929) の設定を基本として、企業の異質性を導入したモデルを構築しています。各地点にいる消費者が、各企業に対して自分なりの好みを見出している状況を考えています。この場合、仮に、各企業が同じ場所に立地していて、一方の企業が高い価格を設定しても、この高価格企業から購入する消費者が存在することになります。各消費者が持っている企業に対する好みに関して、各企業は正確に把握できていませんが、その全体の傾向(好みの散らばり具合)は知っている状況を扱っています。一種の不確実性が導入されている状況といえます。

この状況下では、消費者の企業に対する好みに大きな散らばりが存在する場合(人による好みの差が大きい場合)、各企業は線分上の中心に集積することが示され、設定する価格は正の利潤が出るような水準になることが示されます。Hotelling (1929) では、消費者は各企業の財を同質と判断していたので、前節[2]で述べたように、企業が同じ場所に立地すると、消費者は安い方から買うことになるため、熾烈な価格競争が起こります。一方、de Palma et al. (1985) では、各企業に「お得意様(それが誰で何処に居るか分かっていない)」が存在するために、価格を引き下げて顧客を増やすよりも、自分のことを好いてくれる顧客から利潤を確保する方がよい状況になっています。そして、このお得意様に従事するには、中央に立地するのが最も都合がよいことになります。遠いお得意様に従事するためには、このお得意様の移動費用分だけ価格を下げる必要があるので、この引き下げを避けるには、中央が最適となります。

集積しているけど、各企業は正の利潤を上げているという点で、現実に近づいた理論モデルといえると思います。また、この論文は、Brown (1989) が指摘した拡張すべき方向の基礎になっていると思います。

[2] Bester (1998)   Bester (1998) でも、de Palma et al. (1985) と同じように、企業の異質性を導入したモデルを構築しています。このモデルでは品質に関する異質性を入れています。de Palma et al. (1985) では、よい悪いという要素ではなく好き嫌いという要素(水平的な差異)を各消費者に導入しましたが、Bester (1998) では、各企業の製品に品質の良し悪し(垂直的な差異)が存在する状況を扱っています。また、販売機会が複数回存在し、初回の購入時には、消費者は企業の提示する製品の品質に関する情報を持っていないけど、購入後はその財に関する質を学習する状況を扱っています。この情報の非対称性が、この論文で重要な要素になっています。この場合、品質が判明した後は品質を正しく認識されるので、購入機会が多いほど、高質を作ったときの利益(商品が正当に評価されることにより得られる利益)が高くなります。

消費者が初期時点で質を知らない場合、Klein and Leffler (1981) などによる、非対称情報下の議論にあるように、低価格を設定すると、生産に費用がかかってしまう高品質製品を作った場合に、正の利潤を上げられないことを消費者は見越します。よって、仮に高品質企業が低価格を設定しても、消費者は製品の品質が低いから低価格を設定できると予想します。結果として、高品質企業は、高品質であることを納得してもらうためには、高価格を設定することになり、高品質製品にはある種のプレミアムが発生することになります。この特性が機能して、高品質の製品を作る企業間での競争は緩和されます。仮に同じ場所に立地していたとしても、上述のプレミアムによって生み出される利潤は確保されます。このプレミアム効果が強く働けば、消費者を確保することが重要になりますから、各企業は、Hotelling (1929) における立地を選択することになります。なお、各企業の顧客は、他企業に関する情報は知らないので、他のところに逃げずに、以前買った質が判明している財を買い続けます。

この設定の面白い点は、現実に見られる企業と消費者の間に存在する情報の非対称性が、価格の下げ止まりを約束する装置として機能することを、モデルに組み込んだ点にあると思います。

4. 今後の方向性

既に述べたとおり、このHotelling (1929) による立地モデルを基にした論文は沢山存在し、既にやり尽されたような状態に見えますが、実際は、まだ多くの余地が残されているように思います。1つの方向性としては、今まであまり扱われていなかった、垂直的な関係を考慮した状況を扱う必要があることです。例えば、Matsushima (2004) では、川上企業の製品加工技術が川下企業の製品差別化戦略にどの様な影響を与えるか分析しています。Brekke and Straume (2004) でも、川下企業と川上企業の間での取引を考慮した分析を行っていますが、このような研究は、まだ多くありません。別の方向性としては、Brown (1989) でも指摘されていますが、ゾーニングなどの規制をモデルに取り込んで分析してみることが考えられます。また、立地の議論から離れて、製品差別化の要素を取り込んだ理論モデルを扱う場合には、このHotelling (1929) の設定は非常に多く利用されています。最近でも、Ellison (2005) による``add-on pricing" (車のオプションのような付加設備に対する課金) の議論で用いられています。このような問題を扱う場合は、企業の立地場所は両端にいると仮定されることが多いです。今後も、このHotelling (1929) による立地モデルは、数多くの理論研究で用いられる、有用な道具であり続けると思います。

参考文献

  • Bester, H. (1998) ``Quality uncertainty mitigates product differentiation,” Rand Journal of Economics, 29, 828-844.
  • Brekke, K. R. and O. R. Straume. (2004) ``Bilateral monopolies and location choice,” Regional Science and Urban Economics, 34, 275-288.
  • Brown, S. (1989) ``Retail location theory: the legacy of Harold Hotelling,” Journal of Retailing, 65, 450-470.
  • d'Aspremont, C., J. J. Gabszewicz, and J.-F. Thisse. (1979) ``On Hotelling's `stability in competition',” Econometrica, 47, 1145-1150.
  • de Palma, A., V. Ginsburgh, Y.Y. Papageorgiou, and J.-F. Thisse. (1985) ``The principle of minimum differentiation holds under sufficient heterogeneity,” Econometrica, 53, 767-782.
  • Ellison, G. (2005) ``A model of add-on pricing,” Quarterly Journal of Economics, 120, 585-637.
  • Hotelling, R. (1929) ``Stability in competition,” Economic Journal, 39, 41-57.
  • Klein, B. and K.B. Leffler. (1981) ``The role of market forces in assuring contractual performance,” Journal of Political Economy, 89, 615-641.
  • Matsushima, N. (2004) ``Technology of upstream firm and equilibrium product differentiation,” International Journal of Industrial Organization, 22, 1091-1114.
  • Shy, O., (1995) Industrial organization: Theory and Application, MIT Press, Cambridge.
  • 小田切宏之『新しい産業組織論』 有斐閣, 2001
  • 藤田昌久・P. クルーグマン・A.J. ベナブルズ,・小出 博之 ()『空間経済学―都市・地域・国際貿易の新しい分析』東洋経済新報社, 2000
  • 丸山雅祥『経営の経済学』 有斐閣, 2005

謝辞

本稿を作成する際に、安部浩次氏から非常に多くの有益な助言をいただいたことに対し、感謝の意を表します。なお、内容の責任は筆者に帰属します。

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