水野倫理さん(神戸大学)と潘聡さん(京都産業大学)を交えて取り組んだ研究がSouthern Economic Journalという米国南部経済学会 (SEA)の学術誌に掲載されました。以下、概要を書きますが、概要作成は生成AIを使っています。
製造業者が小売業者の店先を離れ、自ら品物を売り始める。インターネットの普及した今日、それは珍しい眺めではない。売り手が一人増えれば競争は盛んになり、消費者も社会も潤う。まして新しい直販経路の能率がよいほど、その恩恵は大きい――人はつい、そう考えたくなる。本論文は、その平明な見方の裏に、契約交渉の細い綾が潜んでいることを示す。
一つの製造業者と一つの小売業者が、卸価格と固定支払からなる契約を交渉する。製造業者は従来の小売経路に加え、小売業者より費用のかかる直販経路を開くことができる。この直販経路は商品を売る手段であるばかりでなく、交渉が決裂したときの逃げ道でもある。それゆえ、小売業者に対する製造業者の交渉力が弱いほど、製造業者は直販に乗り出す。
ところが、その帰結は一筋縄ではゆかない。同質の商品を数量で競う場合、直販経路の非効率性が小さいと、製造業者と小売業者は卸価格を高く定め、能率のよい小売経路の供給を抑えて、直販へ多くの販売を振り向ける。競争相手が増えながら、社会全体の余剰はかえって減るのである。反対に、直販経路が著しく非効率ならば、製造業者は原価を下回る卸価格を提示して小売経路の供給を広げる。このとき直販への参入は、消費者余剰のみならず社会厚生をも高める。
しかし、差別化された二つの経路が価格で競うなら、景色はまた変わる。製造業者は自らの販売価格を通じて小売経路の需要を動かせるため、卸価格を原価以下に下げる必要がない。直販経路が非効率であっても卸価格は原価を上回り、効率的な小売業者の供給を細らせ、社会厚生を損ないうる。
本論文の貢献は、直販の是非が競争者の数や直販経路の費用だけでは決まらず、卸契約と交渉力、さらに数量と価格のいずれで争うかに左右されることを明らかにした点にある。直販後の卸価格上昇は、単なる商人同士の不和ではない。販売が非効率な経路へ移されていることを告げる、一つの徴かもしれぬのである。
最低賃金という言葉を耳にすると、人はまず、働く者の暮しと、賃金を支払う企業の負担とを思う。賃金が上がれば労働者は潤い、企業の利潤は削られる――それが世間の、いわば素直な勘定である。本論文は、この勘定がいつも正しいとは限らぬことを、地域ごとに分かれた労働市場と、地域を越えて結ばれた製品市場とを一つの模型に収めて明らかにする。
二つの企業は同じ製品市場で数量を競うが、労働者はそれぞれ別の地域で雇う。労働者が容易に土地を移れず、各社が地元の有力な雇い手であるため、企業は労働市場で買手独占力を持つ。ここで一方の地域だけに、従来の賃金をわずかに上回る最低賃金が課される。たしかに企業が支払う賃金総額は増える。しかし、追加の一人を雇う費用、すなわち限界労働費用はかえって低くなる。そこで規制を受けた企業は雇用と生産を広げる。すると数量競争の相手は生産を控えざるを得ず、その退却が規制企業の売上げを押し上げる。こうして最低賃金は、負担であると同時に、競争相手を退かせる一種の「構え」となり、規制企業の利潤を増やしうるのである。
その陰には、明暗がある。規制地域では雇用と労働者余剰が増え、消費者も供給拡大の恩恵を受けるが、規制されない地域では生産と雇用が縮み、労働者余剰が失われる。したがって、一地域だけを眺めて政策の成否を決めれば、遠くで生じた痛みを見落としかねない。
本論文の貢献は、競争相手の費用を直接引き上げる従来の説明とは異なり、最低賃金が自社の限界費用を変え、製品市場の戦略的反応を介して利潤を高めるという新しい経路を示した点にある。さらに、多数企業、企業間で共有される労働市場、差別化製品の価格競争へと分析を拡げ、利潤増加の鍵が、数量や価格という戦略変数の「戦略的代替性」にあることを示す。最低賃金の波紋は、県境で静かに消えるものではない。そのことを、端正な理論のうちに描き出した研究である。
この論文は、車やスマホのような耐久財の市場で、「買ってもらう」のと「必要なときだけ使ってもらう」のとで、企業どうしの取引関係がどう変わるのかを考えた研究です。たとえば、TimesやZipcarのようなカーシェアは、スマホで予約や決済ができるので、昔よりリースやシェア利用が広がりやすくなっています。その一方で、部品の調達では、日産のように取引先を広げる企業もあれば、トヨタのように強い結びつきを保つ企業もあります。TeslaとPanasonic、AppleとTSMCの関係も、その例となるでしょう。
そこで論文では、下流企業が「販売」と「リース」のどちらかを選び、さらに今の供給業者だけと組み続けるか、それとも将来もっと効率のよい新しい供給業者とも取引できるようにするかを比べています。分析の結果、販売では「あとで安くなるなら今は買わないでおこう」と消費者が考えるため、企業は将来の競争を嫌って排他的な取引を選ぶことがあります。ですが、リースではこの問題が弱くなるため、開放的な取引のほうが選ばれます。さらに販売方式そのものを企業に選ばせると、最終的には常に開放的な供給網が実現します。つまり、ICTの発達でリースやシェアが広がるほど、企業の囲い込みは起こりにくくなる、とこの論文は示しています。
追記(4月2日)公刊版が公開されました。https://doi.org/10.1287/mnsc.2024.08024
この論文では、スマートウォッチのような情報収集に役立つ製品の市場(市場Bとします)で入手した個人情報を活用すると、市場Bで製品を購入してくれた消費者に対して医療や保険といった個別化された商品を個別の条件(個別価格)で提供できる状況を設定しています。後者の市場を、ここでは市場Aとします。この市場で競争する企業が2社存在して、最初に市場Bで顧客を獲得する競争をします。獲得した顧客情報を活用して、市場Aでは市場Bで製品を購入してくれた消費者に対しては個別価格で製品を供給し、そのほかの消費者には均一価格で製品を供給します。
この基本設定に、消費者は個人情報を消去して個別価格を回避できることを導入しました。これにより、個人情報を消去した消費者は各企業から受け取る均一価格の中からより良い価格を選択することとなります。
市場Aで個人情報を消去するのは消去しない場合に高い個別価格に直面することを予想する消費者で、このような消費者は市場Bで購入した企業に対する評価が高い消費者になります。このような情報を消去する消費者の特性を踏まえると、各企業は個人情報を消去した消費者が高い評価をしていることを考慮して、市場Aにおいて均一価格を高く設定することとなります。これが、個人情報を消去していない消費者に対する個別価格も上昇させることとなります。結果として、市場Aでは、個人情報を消去した消費者の一部だけが個人情報管理から便益を得て、他の消費者は価格情報によって損失を被ります。
消費者が個人情報を消去できると個別価格が利用できる消費者の範囲が狭くなるので、市場Bで価格を下げて製品を可能な限り販売する誘因が下がりそうですが、本論文で設定した状況だと、この直観が成立しないことを明らかにしています。これは、市場Bで価格を引き下げる誘因が高まって競争が促進されることを意味します。
これら2市場の効果を均等に評価すると、個人情報管理ができることで消費者余剰も企業利潤を損なわれます。
これを更に発展させて、個人情報を提供することを忌避する傾向が極めて強いために、個人情報を必ず消去する消費者が一定割合存在することを仮定して分析しました。このような消費者の割合が低い状況から少し割合が増えると、市場Bにおける競争が更に促進され、一定割合を超えると競争緩和の傾向に転じることを示しました。この非単調な傾向は、消費者によるデータ提供に対する見返りを適度に設定して、必ず個人情報を消去する消費者の割合を調整することが必要になることを示唆しています。
これら以外にも各種拡張を行っています。
近年、情報通信技術が劇的に進歩したことで、消費者の情報を高い確度で把握できるようになっています。この情報を活用して、消費者個別の取引条件である個別価格を提示することも技術上は可能になっています。例えば、運転手と移動手段を求める消費者をつなぐUberは、利用者の位置情報などを利用して個別の料金を設定できます。この技術の進歩を踏まえて、個別価格が競争に与える影響の研究が増えています。
ここで紹介する論文では、売り手と買い手を仲介する企業であるプラットフォーム企業(前述のUberやUberEatsなど)による消費者向け個別価格が経済厚生に与える影響を、既存研究で用いられている分析枠組みを使って考察しています。
この考察では以下の仮定をおいてます。売り手の収入はプラットフォームに参加している消費者数に比例して増えます。この消費者数に応じて収入が増える効果は、市場間ネットワーク効果(cross-market network effect)と呼ばれます。この収入にプラットフォームが決定した料率を乗じた分だけ各売り手はプラットフォームに利用料として支払います。買い手の便益はプラットフォームを利用することからの便益に加えて各売り手との取引から得られる便益も得られます。後者の便益は売り手の数に比例して増えます。この便益も市場間ネットワーク効果と呼ばれます。各プラットフォームは消費者に対してプラットフォームに参加するための料金を課します。この料金体系として、両プラットフォームが均一料金を設定する場合と、両プラットフォームが個別価格を設定する場合を分析し、これら2つの場合を比較することで、個別価格の効果を分析します。
個別価格の特性として、個別価格を受け取った消費者にだけ認識されることを仮定しています。この仮定が結果に直接影響することを示しました。
個別価格に秘匿性がある場合、プラットフォームが設定する消費者向け価格を売り手に信頼できる形で発信できません。この特性によって、プラットフォームは個別価格を負の価格にしてまで消費者を獲得する誘因がなくなり、個別価格による価格競争で実現する価格の下限はゼロになります。
これに対して、観察可能な均一価格の場合、この価格を低く設定すれば売り手に消費者を獲得する意思が強いことを信頼させられます。よって、低い均一価格を設定して、売り手の数を増やしやすくなります。この均一価格の特性によって、プラットフォームは均一価格を低く設定する傾向が強くなります。この傾向は売り手の市場間ネットワーク効果が強いときほど強く働き、この効果が強い場合は、個別価格を設定しているときの平均個別価格よりも低くなることがあります。よって、売り手の市場間ネットワーク効果が強い場合、観察可能な均一価格は個別価格よりも競争促進効果が強くなります。このことから、売り手の市場間ネットワーク効果が強い場合、個別価格の方がプラットフォーム企業の利潤は大きくなりやすく、消費者厚生は低くなりやすいです。
ここで示した結果が成立する競争環境を確認するために、いくつかの拡張も行っています。
