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論文が査読誌への公刊が決まるごとに、日本語で紹介文を書きます。
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1. はじめに

小売店舗の立地に関して、しばしば、以下のようなことが言われています。「小売店舗の重要な要素は3つ存在し、1つ目は立地、2つ目は立地、そして3つ目は立地。」この言葉に象徴されるように、立地は小売店舗にとっての最重要項目といえます。実際に、小売店舗は立地に関する工夫を行っていて、街の商店街、郊外に多く見られるショッピングモール、大阪・日本橋の電気街などは、数多くの店舗を集積させることで、消費者の目を自分たちに惹きつける工夫をしています。一方で、このような集積が起こっていると、ここに来た消費者は、この地域内の色んな店にいって商品やその価格を見ることが出来ますから、少しでも安いものを買いやすくなり、これによって、地域内での価格競争が激しくなってしまう心配もあります。以下では、このような問題を扱った店舗立地に関する理論と、この理論を応用した研究について紹介します。

2. Hotellingと最小・最大の差別化原理

[1] 最小の差別化原理 この店舗立地の問題を扱った理論の中で最も重要な貢献の1つとして、Hotelling (1929) による立地モデルがあげられます。以下の図1にあるような、線形の街における店舗立地に関する議論を行い、最小の差別化原理 (principle of minimum differentiation) について指摘したとされています。差別化の意味については、後ほど説明します。

Hotelling (1929) における基本設定を示します。消費者は、この線分上、均等に分布しています。各地点に、それぞれ同じだけの消費者がいるということです。各消費者は、店舗 A か店舗 B の何れかから製品を買います。各店舗は同じものを売っています。商品を買う場合は、店舗まで出かけて行く必要があり、このとき距離に応じた移動費用(距離に関して比例)を被ります。各消費者は、商品を1つだけ買うと仮定します。

rfig1.gif

この設定において、両店舗が設定する価格が、ある同じ水準で固定されている場合(例えば、両店舗ともに1つ100円で売ることを義務付けられている場合)を考えます。この場合、価格が同じなので、消費者の判断基準は距離だけになりますから、各消費者は自分から近い店舗から買うことになります。このような消費者行動を見越すと、結果として、各店舗はこの線分の中央に集積して、顧客を半分ずつ取ります(図2)。この中のある店舗が、この場所から他の場所に移動した時、この移動した店舗の顧客数が減ることを確認してください。これが、Hotelling (1929) における結果の1つである、最小の差別化原理です。

rfig2.gif

このモデルを使って、製品の異質性(差別化の度合い)を表現することがあります。例えば、この線分はカレーの辛さを表現していて、右側は甘口を表し左側は辛口を表すという具合です。甘口カレーが好きな人が辛口カレーを食べるのは、好みと離れているので、その分の不快感(先ほどまでの移動費用)が発生します。各店舗が同じ場所にいるということは、同じような製品を売っている状態と解釈することが出来ます。

Hotelling によるモデルは、今では、ホテリングモデルという言葉まで生まれるほど有名なモデルとして知られていて、最小の差別化原理を示した最初期の理論と言われています。しかし、論文における主要な目的は、価格の安定性に関して数理モデルを用いて議論するところにあります。ベルトラン(人名)をはじめとする、幾つかの理論における価格競争の仕組みとその帰結に対する批判をし、製品が差別化されていれば、価格を少し上昇させても突然顧客がいなくなるというような、極端なことは起こらないことを指摘しています。実際、論文の題目も``Stability in Competition"(競争における安定性)です。この数理モデルについて概観したい場合は、Shy (1995, pp.149-151) や小田切 (2001, pp.130-134) や丸山 (2005, pp.186-190) などが役に立つと思います。

[2] 最大の差別化原理  Hotelling (1929) 以降も多くの論文が書かれていますが、立地戦略と価格戦略の両方を同時に扱った厳密な理論モデルとしては、d'Aspremont et al. (1979) が最も有名だと思います。実は、Hotelling (1929) でも同じような議論は存在するのですが、立地を決定した後に価格を決定するという2段階モデルを考えると、Hotelling (1929) における設定では、立地に関するきれいな結果は得られないことが、d'Aspremont et al. (1979) によって示されています。彼らは、この立地に関する結果が得られない問題に対処するために、消費者の移動費用に関する仮定を変えました。消費者は距離に関して2乗の移動費用 (t x2: t は定数で x は移動距離) を被るとしました。この場合、上述の2段階モデルを考えると、各店舗は線分上の各両端に立地することになります。この立地形態は、最大の差別化原理 (principle of maximal differentiation) として知られています。この立地が実現する理由は、有利な立地を確保して需要を増やすよりも、十分に差別化を行う(互いの距離を離す)ことで、価格競争を緩和する方が有効だからです。仮に同じ場所に立地すると、消費者の判断基準は価格だけになり、1円でも安い方から全員買うことになりますから、熾烈な価格競争が起こります。

[3] 最大の差別化原理に対する不満  d'Aspremont et al. (1979) の論文は、価格競争を考慮した立地戦略に関する議論に対し、1つの明確な結論(製品差別化をする理由と効果)を示したのは事実です。しかし、この最大の差別化原理に対する不満の声も存在しました。特に、一連の立地に関する議論を取りまとめた論文であるBrown (1989) では、秋葉原の電気街やブロードウェイの劇場や映画館など、多くの店舗集積が見られることを例に出して、この結果や設定に対する不備を述べています。Brown (1989) では、この設定をより現実に近づけるためには、不確実性の問題や店舗集積による正の側面を考慮したような理論モデルを構築する必要があることを述べています。後者の問題は、新しい経済地理学 (New Economic Geography) の分野で目覚しい発展を遂げていますが、ここではこの分野に関する紹介は行いません。詳しい議論は、藤田ら(2000) の書籍を参照されるとよいでしょう。以下では、Hotelling (1929) による線分の街を使って、集積の結果を導き出した2つの論文を紹介します。

3. Hotelling modelと企業集積

以下では、前節で示したBrown (1989) の不満に対処している2つの論文を紹介します。各モデルでは、ホテリングモデルを基にした、価格競争も考慮した理論モデルになっています。一見したところ、各モデルはかなり異なっていますが、共通することがあります。中央に集積していても、価格を引き下げる必要の無い状況を、自然な仮定を用いてモデルに組み込み、その下では、中央にいることの利点が大きくなるようにしていることです。以下では、各モデルにおける発想の鋭さを感じていただけたらと思います。

[1] de Palma et al. (1985)  de Palma et al. (1985) では、Hotelling (1929) の設定を基本として、企業の異質性を導入したモデルを構築しています。各地点にいる消費者が、各企業に対して自分なりの好みを見出している状況を考えています。この場合、仮に、各企業が同じ場所に立地していて、一方の企業が高い価格を設定しても、この高価格企業から購入する消費者が存在することになります。各消費者が持っている企業に対する好みに関して、各企業は正確に把握できていませんが、その全体の傾向(好みの散らばり具合)は知っている状況を扱っています。一種の不確実性が導入されている状況といえます。

この状況下では、消費者の企業に対する好みに大きな散らばりが存在する場合(人による好みの差が大きい場合)、各企業は線分上の中心に集積することが示され、設定する価格は正の利潤が出るような水準になることが示されます。Hotelling (1929) では、消費者は各企業の財を同質と判断していたので、前節[2]で述べたように、企業が同じ場所に立地すると、消費者は安い方から買うことになるため、熾烈な価格競争が起こります。一方、de Palma et al. (1985) では、各企業に「お得意様(それが誰で何処に居るか分かっていない)」が存在するために、価格を引き下げて顧客を増やすよりも、自分のことを好いてくれる顧客から利潤を確保する方がよい状況になっています。そして、このお得意様に従事するには、中央に立地するのが最も都合がよいことになります。遠いお得意様に従事するためには、このお得意様の移動費用分だけ価格を下げる必要があるので、この引き下げを避けるには、中央が最適となります。

集積しているけど、各企業は正の利潤を上げているという点で、現実に近づいた理論モデルといえると思います。また、この論文は、Brown (1989) が指摘した拡張すべき方向の基礎になっていると思います。

[2] Bester (1998)   Bester (1998) でも、de Palma et al. (1985) と同じように、企業の異質性を導入したモデルを構築しています。このモデルでは品質に関する異質性を入れています。de Palma et al. (1985) では、よい悪いという要素ではなく好き嫌いという要素(水平的な差異)を各消費者に導入しましたが、Bester (1998) では、各企業の製品に品質の良し悪し(垂直的な差異)が存在する状況を扱っています。また、販売機会が複数回存在し、初回の購入時には、消費者は企業の提示する製品の品質に関する情報を持っていないけど、購入後はその財に関する質を学習する状況を扱っています。この情報の非対称性が、この論文で重要な要素になっています。この場合、品質が判明した後は品質を正しく認識されるので、購入機会が多いほど、高質を作ったときの利益(商品が正当に評価されることにより得られる利益)が高くなります。

消費者が初期時点で質を知らない場合、Klein and Leffler (1981) などによる、非対称情報下の議論にあるように、低価格を設定すると、生産に費用がかかってしまう高品質製品を作った場合に、正の利潤を上げられないことを消費者は見越します。よって、仮に高品質企業が低価格を設定しても、消費者は製品の品質が低いから低価格を設定できると予想します。結果として、高品質企業は、高品質であることを納得してもらうためには、高価格を設定することになり、高品質製品にはある種のプレミアムが発生することになります。この特性が機能して、高品質の製品を作る企業間での競争は緩和されます。仮に同じ場所に立地していたとしても、上述のプレミアムによって生み出される利潤は確保されます。このプレミアム効果が強く働けば、消費者を確保することが重要になりますから、各企業は、Hotelling (1929) における立地を選択することになります。なお、各企業の顧客は、他企業に関する情報は知らないので、他のところに逃げずに、以前買った質が判明している財を買い続けます。

この設定の面白い点は、現実に見られる企業と消費者の間に存在する情報の非対称性が、価格の下げ止まりを約束する装置として機能することを、モデルに組み込んだ点にあると思います。

4. 今後の方向性

既に述べたとおり、このHotelling (1929) による立地モデルを基にした論文は沢山存在し、既にやり尽されたような状態に見えますが、実際は、まだ多くの余地が残されているように思います。1つの方向性としては、今まであまり扱われていなかった、垂直的な関係を考慮した状況を扱う必要があることです。例えば、Matsushima (2004) では、川上企業の製品加工技術が川下企業の製品差別化戦略にどの様な影響を与えるか分析しています。Brekke and Straume (2004) でも、川下企業と川上企業の間での取引を考慮した分析を行っていますが、このような研究は、まだ多くありません。別の方向性としては、Brown (1989) でも指摘されていますが、ゾーニングなどの規制をモデルに取り込んで分析してみることが考えられます。また、立地の議論から離れて、製品差別化の要素を取り込んだ理論モデルを扱う場合には、このHotelling (1929) の設定は非常に多く利用されています。最近でも、Ellison (2005) による``add-on pricing" (車のオプションのような付加設備に対する課金) の議論で用いられています。このような問題を扱う場合は、企業の立地場所は両端にいると仮定されることが多いです。今後も、このHotelling (1929) による立地モデルは、数多くの理論研究で用いられる、有用な道具であり続けると思います。

参考文献

  • Bester, H. (1998) ``Quality uncertainty mitigates product differentiation,” Rand Journal of Economics, 29, 828-844.
  • Brekke, K. R. and O. R. Straume. (2004) ``Bilateral monopolies and location choice,” Regional Science and Urban Economics, 34, 275-288.
  • Brown, S. (1989) ``Retail location theory: the legacy of Harold Hotelling,” Journal of Retailing, 65, 450-470.
  • d'Aspremont, C., J. J. Gabszewicz, and J.-F. Thisse. (1979) ``On Hotelling's `stability in competition',” Econometrica, 47, 1145-1150.
  • de Palma, A., V. Ginsburgh, Y.Y. Papageorgiou, and J.-F. Thisse. (1985) ``The principle of minimum differentiation holds under sufficient heterogeneity,” Econometrica, 53, 767-782.
  • Ellison, G. (2005) ``A model of add-on pricing,” Quarterly Journal of Economics, 120, 585-637.
  • Hotelling, R. (1929) ``Stability in competition,” Economic Journal, 39, 41-57.
  • Klein, B. and K.B. Leffler. (1981) ``The role of market forces in assuring contractual performance,” Journal of Political Economy, 89, 615-641.
  • Matsushima, N. (2004) ``Technology of upstream firm and equilibrium product differentiation,” International Journal of Industrial Organization, 22, 1091-1114.
  • Shy, O., (1995) Industrial organization: Theory and Application, MIT Press, Cambridge.
  • 小田切宏之『新しい産業組織論』 有斐閣, 2001
  • 藤田昌久・P. クルーグマン・A.J. ベナブルズ,・小出 博之 ()『空間経済学―都市・地域・国際貿易の新しい分析』東洋経済新報社, 2000
  • 丸山雅祥『経営の経済学』 有斐閣, 2005

謝辞

本稿を作成する際に、安部浩次氏から非常に多くの有益な助言をいただいたことに対し、感謝の意を表します。なお、内容の責任は筆者に帰属します。

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