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以前、こんな原稿を某所が出している雑誌に書きました。研究とは直接関係ないのですが、ちょっとした読み物になっていると思うので、転用してみました。

1.
経営学部で経済学を学習する -そば屋さんのカレー?-

経営学部に入った1年目、「市場システム基礎論」という名のミクロ経済学を扱う必須科目が存在することに、驚いた学生さんがいるかもしれません。「数学嫌いなのに、何故、この科目が必須なんだ?」といって、恨んでいる学生さんもいるかもしれません。この科目は、このような数学嫌いの学生をいじめるために設けたのではないと思います(科目設置の経緯は確認していませんが…)。この講義で扱われるミクロ経済学が、経営学で扱う対象を理解する際に、かなりの力を発揮するという考えがあってのことでしょう(これも事実確認をしていないので、真意の程は不明ですが…)。恐らく、そば屋さんで出てくるカレーのような位置付けでも無いと思います。そば屋さんのカレーは意外と美味しいのですが、何となく、脇役(悪くいえばオマケ)といった印象があります。しかし、曲がりなりにも必須科目なので、ミクロ経済学は、経営学におけるオマケでは無いのでしょう。

それでは、ミクロ経済学は、経営学の中でどの様な役割を担っているのでしょうか。以下では、この点を明らかにした後に、私が開講する科目(外国書講読)で扱う内容(ミクロ経済学を応用した分野の1つ、産業組織)の意義を説明します。2節では、経営学に関して簡単に概観し、3節では、ミクロ経済学について簡単に述べ、4節では、産業組織の説明をします。5節で、簡単に外国書の読み方について述べ、6節は、まとめです。


2. 経営学で扱うこと

経営学とは一体何なのか。一体、どの様なことを扱うのか。この点に関しては、上林教授、末廣教授、出井教授(五十音順)がHP上で見解を述べています(下記の経営学研究科HPを参照)。

上林教授: http://www.b.kobe-u.ac.jp/faq/q1/q1-kamba.htm

末廣教授: http://game.b.kobe-u.ac.jp/suehiro/2keieigaku.htm

出井教授: http://www.b.kobe-u.ac.jp/faq/q1/q1-dei.htm

今まで、私は学生として工学部と社会理工学研究科(大学院)に在籍し、教官として経済学部に在籍していましたが、経営学部という組織に属している期間は、まだ1年数ヶ月です。正直なところ、よく分かっていない点が多いのですが、経営学部に属している以上、経営学というものに対して、何らかの考えを持っているべきだと思うので、現時点での、私の見解を述べます。

経営学は、企業や政府や地域の集団など、ある組織の運営について理解して、その理解から何らかの方策などを提案することを目的としていると思います。扱う対象として、ある特定の企業や集団などを設定することが多いことは、経営学の1つの特徴だと思います。

このような組織の運営について考える際、考えるべき問題は沢山あると思います。企業がどの様な方向へ進んで行くべきか(経営戦略)、組織に存在する人々をどの様な形で活用し、そのための組織はどの様にあるべきか(人的資源管理や経営組織)、組織運営に必要な資金をどの様に運用・管理するか(会計学やファイナンス)、組織で作った製品をどの様にして売るべきか(マーケティング)。また、鉄道業や物流業といった、具体的な産業を設定して、その産業における各企業の振る舞いについて考察することもあるでしょう(企業政府関係や交通や物流など)。このような中から、何か着目したい対象を選びますが、その対象によって使う分析手法がかなり異なるのも、経営学の特徴だと思います。

経営学における分析手法は多岐に渡るため、実際に講義を受講する学生の皆さんは、かなり多様な考え方に直面することになり、場合によっては混乱することもあるかもしれませんが、様々な立場を理解する機会が与えられていると、好意的に解釈することも出来ると思います。以下では、このような中で、経済学、特にミクロ経済学がどの様な役割を果たすのか述べてみます。


3. ミクロ経済学と経営学

以下では、ミクロ経済学について簡素な例を用いて説明し、その後で、何故、数理モデルを使うことがあるのか、簡単に私の考えを述べてみます。

3.1 ミクロ経済学と企業活動

ミクロ経済学は、個人や企業など、ある行動主体の意思決定について分析する学問だと思います。特に、ある限られた資源をどの様に割り当てるべきか考えることに焦点が当てられていると思います。

ここで、或る企業を考えます。この企業は、現在販売している主力製品に取って代わるような新製品を開発するための投資を行おうとしています。状況により、企業の選択とその選択理由は様々ですが、以下の2つはしばしば見られるような気がします。

  1. 現在、主力製品の需要が縮小していて今後もこの傾向が続くだろう。そろそろ、何らかの新製品を投入して需要を喚起する必要がある。

  2. 現在、主力製品の需要は縮小しているが、また回復する可能性もある。もう少し状況を見極めてから新製品を投入しても遅くない。

1.の選択では、需要が縮小傾向にあると予想していて、この状況を打破するために新製品を投入すべきと判断し、2.の選択では、需要は縮小傾向にあるわけではないと予想していて、現状では、新製品投入は早いと判断しています。この例では、投資にかかる資金や人材という限られた資源を、どの時点で投入するのが最適なのか考えています。この投資時点に関する意思決定において、需要変動に対する予測は重要な要因の1つだと思います(勿論、ここで挙げた要因だけが、投資の意思決定に影響を与えるわけではありません)。また、需要の不確実性に直面しているので、投資した後に、投資が失敗だったことに気が付くこともあります。しかし、これは、合理的な予測をしても起こりうるということに注意する必要があります(勿論、事後的には「馬鹿だった」と後悔するかもしれません)。

3. 2ミクロ経済学と数理モデル

経済学では、時々、数理モデルを使います。これによって、何かの因果関係を明確に客観性を持った形で表現出来るのが、数理モデルを使う1つの利点だと思います。因果関係が「価格が上がると需要量が減る」といった単純なものであれば、モデルを使う必要は無いと思いますが、この因果関係が幾重にも絡んでくる場合、その11つの関係を明確に設定しないと、それらの関係から出てくる結果が何に依存しているのか、その本質が分かり難くなると思います。

ただ、経済学の基本的な考え方を理解して、普段のちょっとした意思決定に役立てるだけであれば、数理モデルを使う必要性はあまり高くないと思います。実際に、講義で使う事になっている外国書 (Cabral (2000)) も、可能な限り数式を使わない配慮をしています。更に云うと、複雑な因果関係を把握する能力があり、経済学で扱う数理モデルなどを使わなくても本質を理解できる優秀な人はいます。これは、優秀な経営者や経営学者の発言を聞くと理解できると思います。このような能力があれば、ある経営事象を把握する際に、数理モデルなど使う必要は無いでしょう。

このように書くと、実際のところ、数理モデルは必要ないような印象を与えますが、そうは思っていません。私は、前述の優秀な人々が持っているような能力を持ち合わせていない凡人です。しかし、経済学で発展してきた数理モデルを使い、因果関係を捉えることを繰り返すことで、私のような凡人でも、複雑な社会問題を処理する能力が高まると信じていますし、それ故に、日々、黙々と、研究をしているわけです。

3. 3 余談

ある英語教材 (McCarthy and O'Dell (2001)) に、以下の言葉がありました。 ``Economics is the study of money and finance." 間違ってはいませんが、経済学の対象はこれだけではありません。このように考えている人と会い、この人に対して「私は経済学を専門にしている」と話すと、「金儲けのやり方教えて」とった返答や、「どの株が儲かるの」といった返答があります。結論だけ述べると、経済学は金儲けのやり方を研究する学問ではありません(詳しい内容は、芦谷(2005)を参照)。


4. 産業組織と経営学

ミクロ経済学を応用した分野の1つである産業組織(Industrial Organization)を講義(外国書講読)で取り上げる理由を説明し、その後で、これに関連する例を紹介します。

4.1 産業組織を講義で取り上げる理由

産業組織とは一体何を扱う分野なのか。主に、企業の意思決定について分析し、その企業の意思決定が、企業の利潤や消費者にどの様な影響を与えるのか考察する分野です。例として、あるメーカー間の合併を考えます。市場で競合製品を作っているA社とB社がいます。A社の技術とB社の技術を統合すると、新たな技術を生み出すことが可能になると判断し、その実現のために合併を行ったとします。この場合、技術革新が起こり、より良い製品が市場に供給されれば、合併した企業は業績を伸ばし、消費者にも便益をもたらすでしょう。しかし、合併前に、A社とB社が激しい価格競争をしていた場合、この合併によって、価格競争が緩くなってしまうので、価格が上昇する可能性があります。これは、消費者に悪影響をもたらします。この後者の効果が重大だと判断した場合、このような合併を問題視して、何らかの措置(合併の際に何らかの条件を課すなど)が取られることがあります。このように、企業合併という企業行動の効果を分析することは、産業組織で扱うことの1つです。余談ですが、80年代に入ってからは、相互依存関係を分析する道具として有用なゲーム理論を応用して、企業行動の分析をすることが多くなっており、実際に、私もゲーム理論を応用した分析をしています。

この例で展開した考察は、ある組織の運営(企業による合併の意思決定)について理解し、そこから何らかの方策(企業や規制当局などの視点から、合併の是非を判断する指針)を提案しています。これは、2節で述べた、経営学で行うことと対応しています。よって、ミクロ経済学やその応用分野の1つである産業組織は、経営現象を捉える1つの枠組みであり、経営学において、或る程度の役割を担っていると思います。経営学における経済分析の貢献度は、上述のような考察が、企業を含めた社会にとって、どの程度の重要性を持っているかに依存することになるでしょう。

4. 2 携帯電話料金の例

ミクロ経済学やゲーム理論を応用して、経営戦略やマーケティングの講義でも登場する、製品差別化や価格差別といった事柄について考察することがあり、産業組織における重要な研究対象になっています。例えば、携帯電話の料金体系を眺めたとき、基本料金が高いときには単位時間当たり通話料が安いのに対して、基本料金が安い場合に単位時間当たり通話料が高い理由などは、経済学の分析道具を用いると、かなり明快に出てきます(例えば、Maskin and Riley (1984) で説明しています)。以下では、グラフなどを一切使わずに説明しますが、分かり難いかもしれません。詳しい話しが知りたければ、Cabral(2000)10章を自力で読むか、私のところに直接質問しに来てください(研究者や大学院生は、上述の論文を読んでください)。

議論を単純にするために、2種類の消費者が同程度存在すると仮定します。1回の通話から得られる便益が大きく、沢山通話したい人(High typeと呼びます)と、1回の通話から得られる便益が小さく、あまり通話しない人(Low typeと呼びます)が存在すると仮定します。企業は、前述の料金設定によって、High typeの人は高基本料金で低通話料、Low typeの人は低基本料金で高通話料を選択するように誘導します。具体的な数字で表現すると、High typeには、月5000円で使いたい放題のプランを選択するように誘導し、Low typeには、月1500円の基本料で通話120円のプランを選択するように誘導します。

電話を利用する際、提供されるサービスの質が同じであれば、誰でも時間当たり通話料が安い方がよいと考えると思います。ただ、この低通話料から得られる便益の大きさは人によって異なります。今考えている設定では、High typeの方が、低通話料から得られる便益は大きくなっています。この通話料が下がれば下がるほど、この通話サービスを利用する権利に対して支払える金額も増えます。この権利に対する対価を、基本料金という形で消費者から徴収すれば、企業は利潤を得ることが出来ます。よって、企業は、出来るだけ通話料を下げておいて、その分、基本料金を高めに設定しておきます。

ここで問題なのは、Low typeの人が、この高い基本料金を払ってまで通話する権利を欲しがらないことです。あまり通話しないからです。このような消費者からも利益を得るために、通話料金を高めに設定して、それに見合うだけ基本料金を下げた料金体系を用意します。基本料金が低いので、High typeの人がこの料金体系を選択したくなることを危惧するかもしれませんが、それを防ぐために、通話料を高めに設定しています。先ほど述べましたが、High typeの人は、通話からの便益が大きく、沢山通話をします。よって、通話料金が高くなることの損失は、Low typeの人よりも大きくなっているので、通話料を高めにすれば、High typeの人はこの料金体系を好まず、先ほどの心配は回避できます。

ここまでは、通話料と基本料金の関係を述べましたが、パソコンの市場において、各企業が、高機能で高価格の製品と低機能で低価格の製品を同時に販売するのも、電話の料金体系と似ている面があります。高機能の製品を必要とする人は、その性能を十分に活用できる人で、高機能製品から得られる便益も高いでしょうから、高機能の製品に沢山のお金を払えるでしょう。一方で、低機能でもいい人は、文書の作成やメールの送信といった、最低限の作業が出来ればよい人で、高機能でもあまり便益が大きくない人だと思います。

繰り返しになりますが、産業組織では、このような思考法で企業活動を考察し、その活動がどの様な効果を発揮し、社会全体にどの様な影響を与えるのか評価しており、経営学において、一定以上の役割を担っていると思います。


5. 外国書の読み方

担当科目名は外国書講読ですから、外国書の読み方について触れてもよいかもしれませんが、ここでは触れません。それだけの技量を持っていません。外国書を読むときの心構えに関しては、内田(2005)が有益な情報を提供しています。また、外国書講読という講義の意義や、そこでの問題点に関しては、三古(2006)や波田(2006)があります。

私が述べられることは、必要に迫られると、「それなり」に語学習得の努力をするということだけです。私の場合、英語で書かれた論文を読み、英語で論文を書かないと就職できない状況でしたから、それを実行可能にするための努力はしました。ただ、英語で文章を書く際、相手に自分の意図を伝えられれば、その表現の仕方はそれほど問われないので、大袈裟な表現ですが、``This is a pen.’’レベルの文をつなぎ合わせて文章を作っています。恥ずかしいことですが。これが、括弧書きで「それなり」と書いた理由です。


6. まとめ

ここまで、経営学部で経済学を学習する意義について述べてきました。結論だけ述べると、ミクロ経済学やその応用分野の1つである産業組織は、経営現象を捉える1つの枠組みであり、経営学において、或る程度の役割を担っていると思います。

最後になりますが、ある漫画に面白いことが書いてあったので、少しだけ紹介します。山下 (2001)「天才柳沢教授の生活 5(文庫版)」に出てくるY大学経済学部教授、柳沢良則は、経済学を以下のように語っています。私は、この考え方に同意しています。

「経済学とは一種の人間学であると思っています。何故ならば、経済とは複数の人間が交わって初めて成立するものだからです。」(山下(2001, p. 114)

この柳沢教授、この語りの直後に、以下のようなことを語っています。これは、私のような未熟者が気に留めておく必要のある内容だと思っていますし、研究以外にも適用できることだと思います。

「思考能力が如何に優れていても、人間的な血が通わなくては優れた研究は出来ない、と私は信じています。」(山下(2001, p. 114)


参考文献

芦谷政浩, 2005,「経済学で学ばないこと」 国民経済雑誌別冊『経済学・経営学学習のために』平成17年度 前期号, 神戸大学経済経営学会.

内田恭彦, 2005,「外国書講読を楽しく学習するために」 国民経済雑誌別冊『経済学・経営学学習のために』平成17年度 前期号, 神戸大学経済経営学会.

三古展弘, 2006,「外国書講読に期待できそうなこと」 国民経済雑誌別冊『経済学・経営学学習のために』平成18年度 前期号, 神戸大学経済経営学会.

波田芳治, 2006,「英語による参加型の経営専門英語教育を目指して -Reading Foreign Language(外国書講読)」 国民経済雑誌別冊『経済学・経営学学習のために』平成18年度 前期号, 神戸大学経済経営学会.

山下和美, 2001, 『天才柳沢教授の生活 5(文庫版)』, 講談社漫画文庫.

Cabral, L.M.B., 2000, Introduction to Industrial Organization, MIT Press, Cambridge, MA, USA.

Maskin, E. and J. Riley, 1984, “Monopoly with Incomplete Information,” RAND Journal of Economics, 15, 171-196.

McCarthy, M. and F. O'Dell, 2001, Basic vocabulary in use, Cambridge University Press, Cambridge, UK.

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