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論文が査読誌への公刊が決まるごとに、日本語で紹介文を書きます。  学部教育を行う部局に配置換となったので、再開しました(2025年4月1日)
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先日、経営学分野で高く評価されているManagement Scienceに受理された論文The effects of personal data management on competition and welfareについて紹介します。

この論文では、スマートウォッチのような情報収集に役立つ製品の市場(市場Bとします)で入手した個人情報を活用すると、市場Bで製品を購入してくれた消費者に対して医療や保険といった個別化された商品を個別の条件(個別価格)で提供できる状況を設定しています。後者の市場を、ここでは市場Aとします。この市場で競争する企業が2社存在して、最初に市場Bで顧客を獲得する競争をします。獲得した顧客情報を活用して、市場Aでは市場Bで製品を購入してくれた消費者に対しては個別価格で製品を供給し、そのほかの消費者には均一価格で製品を供給します。

この基本設定に、消費者は個人情報を消去して個別価格を回避できることを導入しました。これにより、個人情報を消去した消費者は各企業から受け取る均一価格の中からより良い価格を選択することとなります。

市場Aで個人情報を消去するのは消去しない場合に高い個別価格に直面することを予想する消費者で、このような消費者は市場Bで購入した企業に対する評価が高い消費者になります。このような情報を消去する消費者の特性を踏まえると、各企業は個人情報を消去した消費者が高い評価をしていることを考慮して、市場Aにおいて均一価格を高く設定することとなります。これが、個人情報を消去していない消費者に対する個別価格も上昇させることとなります。結果として、市場Aでは、個人情報を消去した消費者の一部だけが個人情報管理から便益を得て、他の消費者は価格情報によって損失を被ります。

消費者が個人情報を消去できると個別価格が利用できる消費者の範囲が狭くなるので、市場Bで価格を下げて製品を可能な限り販売する誘因が下がりそうですが、本論文で設定した状況だと、この直観が成立しないことを明らかにしています。これは、市場Bで価格を引き下げる誘因が高まって競争が促進されることを意味します。

これら2市場の効果を均等に評価すると、個人情報管理ができることで消費者余剰も企業利潤を損なわれます。

これを更に発展させて、個人情報を提供することを忌避する傾向が極めて強いために、個人情報を必ず消去する消費者が一定割合存在することを仮定して分析しました。このような消費者の割合が低い状況から少し割合が増えると、市場Bにおける競争が更に促進され、一定割合を超えると競争緩和の傾向に転じることを示しました。この非単調な傾向は、消費者によるデータ提供に対する見返りを適度に設定して、必ず個人情報を消去する消費者の割合を調整することが必要になることを示唆しています。

これら以外にも各種拡張を行っています。
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2024年度に大阪大学大学院博士後期課程を修了したQiuyu LuさんとTilburg大のShiva Shakharさんと共同で執筆した論文(Welfare implications of personalized pricing in competitive platform markets: The role of network effects)が欧州産業経済学会(EARIE)の雑誌であるInternational Journal of Industrial Organizationに受理されたので、この内容を紹介します。

近年、情報通信技術が劇的に進歩したことで、消費者の情報を高い確度で把握できるようになっています。この情報を活用して、消費者個別の取引条件である個別価格を提示することも技術上は可能になっています。例えば、運転手と移動手段を求める消費者をつなぐUberは、利用者の位置情報などを利用して個別の料金を設定できます。この技術の進歩を踏まえて、個別価格が競争に与える影響の研究が増えています。

ここで紹介する論文では、売り手と買い手を仲介する企業であるプラットフォーム企業(前述のUberやUberEatsなど)による消費者向け個別価格が経済厚生に与える影響を、既存研究で用いられている分析枠組みを使って考察しています。

この考察では以下の仮定をおいてます。売り手の収入はプラットフォームに参加している消費者数に比例して増えます。この消費者数に応じて収入が増える効果は、市場間ネットワーク効果(cross-market network effect)と呼ばれます。この収入にプラットフォームが決定した料率を乗じた分だけ各売り手はプラットフォームに利用料として支払います。買い手の便益はプラットフォームを利用することからの便益に加えて各売り手との取引から得られる便益も得られます。後者の便益は売り手の数に比例して増えます。この便益も市場間ネットワーク効果と呼ばれます。各プラットフォームは消費者に対してプラットフォームに参加するための料金を課します。この料金体系として、両プラットフォームが均一料金を設定する場合と、両プラットフォームが個別価格を設定する場合を分析し、これら2つの場合を比較することで、個別価格の効果を分析します。

個別価格の特性として、個別価格を受け取った消費者にだけ認識されることを仮定しています。この仮定が結果に直接影響することを示しました。

個別価格に秘匿性がある場合、プラットフォームが設定する消費者向け価格を売り手に信頼できる形で発信できません。この特性によって、プラットフォームは個別価格を負の価格にしてまで消費者を獲得する誘因がなくなり、個別価格による価格競争で実現する価格の下限はゼロになります。

これに対して、観察可能な均一価格の場合、この価格を低く設定すれば売り手に消費者を獲得する意思が強いことを信頼させられます。よって、低い均一価格を設定して、売り手の数を増やしやすくなります。この均一価格の特性によって、プラットフォームは均一価格を低く設定する傾向が強くなります。この傾向は売り手の市場間ネットワーク効果が強いときほど強く働き、この効果が強い場合は、個別価格を設定しているときの平均個別価格よりも低くなることがあります。よって、売り手の市場間ネットワーク効果が強い場合、観察可能な均一価格は個別価格よりも競争促進効果が強くなります。このことから、売り手の市場間ネットワーク効果が強い場合、個別価格の方がプラットフォーム企業の利潤は大きくなりやすく、消費者厚生は低くなりやすいです。

ここで示した結果が成立する競争環境を確認するために、いくつかの拡張も行っています。
Chongwoo ChoeさんとShiva Shakharさんと共同で執筆した論文について紹介します。この文章は、このHPからの転記です。

欧州連合(EU)や米国の加州で施行されている個人データ保護の法律によって、個人データを取扱う事業者が個人データを利用する際に、各消費者から同意を得ることが必要となっています。各消費者の判断で個人データが扱えるようになること自体は望ましいと考えられますが、個人データを利活用して収益を得ている事業者にとってはデータ利用に制限がかかるため、価格付けの方針を変更する可能性がありますし、この方針変更は消費者にも影響を与えます。このことを踏まえて、本論文では、罰則規定が厳しい個人情報保護の規制が課されることで生じる市場環境の変化を分析するために、極めて簡単な独占事業者の問題を設定しました。

この設定を分析して規制が存在しない場合と存在する場合を比較した結果、消費者が獲得できるデータ提供から得られる便益(x)と1単位の消費者データから得られる利益(α)の合計が小さいと規制が企業利潤Πや消費者余剰CSを改善する傾向にあり(ΔΠ>0,ΔCS>0)、xとαの合計が中程度だと企業利潤は改善するものの消費者余剰は悪化して(ΔΠ>0,ΔCS<0)、xとαの合計が大きいと企業利潤と消費者余剰は悪化します(ΔΠ<0,ΔCS<0)。



規制がある場合、収益の源泉であるデータを獲得しにくくなるため、低価格により需要を増やしてもデータを獲得しにくいので価格を高くします。また、データ提供に対する不快感が大きい消費者はデータ提供しないで購入できるので、このような消費者の需要を新たに獲得できます。後者の効果が大きい場合(データ提供から得られる便益(x)が小さい場合)や消費者データから得られる利益(α)が小さい場合には、規制が企業利潤や消費者余剰を改善することになります。

少し前に公刊された製品差別化の理論分析について紹介します。

Takeshi Ebina, Noriaki Matsushima, and Daisuke Shimizu. 2015. Product differentiation and entry timing in a continuous time spatial competition model, European Journal of Operational Research 247(3), 904-913. 


Hotellingによる線分都市を用いた製品差別化モデルを用いて、市場規模が連続時間で次第に拡大する状況における先発企業と後発企業の製品特性選択と後発企業の参入時点選択について分析しました。これまで分析されてきた線分都市で価格競争を行う理論枠組みでは、生産が一回だけの状況を考えており、企業が価格競争の緩和を狙って製品を最大限差別化することが広く知られています。これに対して、本論文では、連続時間の下、各時点で財の供給が起こる設定に変更しています。線分都市の中心に立地することで、後発企業が参入した後に生じる価格競争を厳しくして複占時における市場の収益性を下げて後発企業の参入を遅らせる誘因があることを示しました。また、Hotellingによる製品差別化モデルでは、消費者が被る移動費用の大きさを表す外生パラメータを製品差別化の程度として捉えますが、このパラメータの値が小さい状況で先発企業の利潤が大きくなりやすいことも示しています。連続時間のモデルに拡張することで、従来の製品差別化モデルにおける結果とは模様の異なる結果を導出したという意味で、一定程度の面白さを有した論文といえると思います。

昨年、経営戦略の経済分析で定評のある学術誌 Journal of Economics & Management Strategy に公刊された論文を紹介します。

Toshihiro Matsumra and Noriaki Matsushima. 2015. Should Firms Employ Personalized Pricing? Journal of Economics & Management Strategy 24(4), 887-903. 

製品差別化と価格差別(価格戦略)の関係を考慮して、技術投資の誘因について分析しました。英国のTescoをはじめとする欧州における幾つかの大型小売店では、個別消費者ごとの価格差別戦略を採用していて、この実例が研究の動機づけになっています。価格差別戦略を採用するか否か判断する際、営業効率性改善努力(ある種の技術投資)の問題が影響することを明らかにしました。品質や費用の面で優位性を持っている企業が価格差別戦略を採用する傾向にあり、それらの面で劣る企業は競争を緩和するために価格差別戦略を回避する傾向にあることを明らかにしました。これは、英国においてTescoと競合する小売店であるAsdaが価格差別戦略を放棄したことの説明理論として価値がある成果だと思います。
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